京都地方裁判所 昭和32年(行)14号 判決 1960年2月17日
原告 中岡寅治
被告 山城田辺税務署長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は「被告が原告に対してなした原告の昭和三〇年度所得金額を金一九九、七〇〇円、更正による増加所得税額金九、九〇〇円とした所得税更正処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告訴訟代理人は次のとおり述べた。
(請求原因)
(一) 原告は被告に対し昭和三一年三月一五日附で昭和三〇年度分所得金額一八三、二九〇円、所得税額七、三五〇円(老年者控除五、〇〇〇円差引、納税額二、三五〇円)として確定申告した。
(二) 被告はこれに対し所得金額一九九、七〇〇円、更正による増加所得税額九、九〇〇円と更正して昭和三一年六月二三日原告に通知した。
(三) 右更正処分は所得金額及び扶養控除額の認定を誤り違法である。
(四) 原告は昭和三一年七月二一日被告に対し再調査の請求をしたが、被告は同年九月一〇日これを棄却する旨の決定をし同月二二日原告に通知した。原告は同年一〇月二一日大阪国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は昭和三二年三月一日これを棄却する旨の決定をし同月二日原告に通知した。
(被告の主張に対する答弁)
(一) 水稲、えんどうの各作付反別がそれぞも六反三畝一六歩、三畝であること、養鶏の飼育数が一〇羽であることは認める。麦の作付反別は三反三畝である。即ち原告の耕作している田は新堂前六番地八畝二〇歩他八筆合計六反三畝一六歩であるが、そのうち新堂前六番地八畝二〇歩、片田一一番地九畝二歩、片田一三番地九畝八歩、片田一〇番地九畝二二歩中の六畝、以上合計三反三畝が麦の作付反別であり、他は主としてれんげ草の栽培地である。薄莚の製造量は年間一、〇〇〇枚であり、被告主張の普通畑の作付反別は争う。又被告主張の所得標準率は不知であり、所得金額は争う。
(二) 原告と長男茂之とは生計を別にしている。従つて原告の扶養親族である二女好子、三男武司には第一、第二順位による扶養控除が認められなければならない。
二、被告指定代理人は次のとおり述べた。
(一) 請求原因(一)、(二)、(四)は認めるが、(三)は争う。
(二) 原告の昭和三〇年度分所得金額は次のとおりである。
作付反別又は飼育数
所得標準率(円)
所得額(円)
水稲
六反三畝一六歩
(反当)二一、七〇〇
一三七、八六七
麦
四反七畝一五歩
(〃)四、五〇〇
二一、三七五
えんどう
三畝
(〃)一三、〇〇〇
三、九〇〇
普通畑
三畝一二歩
(〃)二一、〇〇〇
七、一四〇
養鶏
一〇羽
(一羽当り)四五〇
四、五〇〇
わら工品(薄莚)
月三〇〇枚以上製造、製造期間六ケ月、年間製造量一、八〇〇枚以上
販売価格一枚二九円(平均)、収入年間五二、二〇〇円以上、利益率六五%
三三、九三〇
合計
二〇八、七一二
所得標準率は被告が管内を数地区に区分し各その中等と認められる農家を調査して定めたものである。
原告は昭和三〇年度に右の表に示した金二〇八、七一二円以上の他に、日稼、薪炭等による所得があり、更正の所得金額をうわまわるものである。
(三) 原告とその長男茂之とはその生計を一にするものである。そして原告方の扶養親族中原告の母満す、妻志め、茂之の妻清子の三名は右茂之の扶養親族としてその所得から第一、第二、第三順位で扶養控除されているから、原告の扶養親族としてその所得から扶養控除されるものは二女好子、三男武司の二名のみでその控除順位は第四、第五である。
(四) 本件更正処分は以上のとおり被告の認定した原告の総所得金額一九九、七〇〇円から概算所得控除五、〇〇〇円、扶養控除(二人)三〇、〇〇〇円及び基礎控除七五、〇〇〇円を差引いた課税所得金額八九、七〇〇円に基き算出した所得税額一七、二五〇円から更に老年者控除五、〇〇〇円を差引き原告の所得税額を金一二、二五〇円と算出したのであるが、右金額は原告の申告所得税額二、三五〇円に対し増差額九、九〇〇円となるので、原告主張のような所得金額、更正による増加所得税額に更正したものであつて、本件更正処分に何ら違法の点はない。
第三、証拠<省略>
理由
請求原因(一)(二)及び(四)は当事者間に争がない。
原告は被告の更正にかゝる原告の昭和三〇年度分所得金額一九九、七〇〇円を争い、原告の同年度分所得金額は金一八三、二九〇円であると主張抗争する。よつて考えてみるに、水稲及びえんどうの各作付反別がそれぞれ六反三畝一六歩、三畝であること並びに養鶏の飼育数が一〇羽であることはいずれも当事者間に争なく、麦の作付反別が四反七畝一五歩であることは成立に争のない乙第一号証、証人水島佐一、同小林政治の各証言を綜合してこれを認め、普通畑の作付反別が三畝一二歩であることは前掲乙第一号証、証人久保田正男の証言によつて真正に成立したと認むべき乙第八号証及び証人西沢繁太郎の証言を綜合してこれを認め、薄莚の製造量が一、八〇〇枚以上であることは証人久保田正男の証言、同証言によつて真正に成立したと認むべき乙第九号証を綜合してこれを認める。右認定に反する証人中岡茂之の証言、原告中岡寅治本人尋問の結果は採用しない。而して公文書なるにより真正に成立したと推定すべき乙第二号証の一乃至四、証人久保田正男、同西沢繁太郎の各証言を綜合すると、被告は農家が所得申告に備えて収支を記帳しこれを保存することの極めて少い現状に鑑み、農業所得を推計する必要上水稲その他の作物並に副業による収入についての所得標準表なるものを作成し、これを作成するについては、水稲、麦、普通畑のいずれもにつき、それぞれ管内各町村の諸条件の類似する地域を数地域に区分して「同一標準適用地域」を定め、その地域毎にその各地域の中等と認められる農家について収獲量、収入金及びそれらを得るに必要な経費を実額調査して反当所得金額を算定し、就中水稲についてはその他に各地域毎にその中等と認められる数箇所について坪当り株数、一株中の有効茎数、一穂当り結実粒数の調査(粒数計算)及び坪刈等による作況調査(坪刈調査)をし、更に農林省作物報告事務所の報告農業共済組合の調査による共済基準反収、町村の調査による平年反収、供出割当の基準となつている過去五ケ年間の割当反収、町村農業委員会の調査による平均反収等をも参照して各地域毎の反当所得金額を算出し、これをそれぞれの所得標準率としていること、又えんどうについては管内農家の実額調査の際の申立等を参考にして五〇乃至六〇軒の農家に対する調査の結果の平均値に、農業協同組合に関係する精通者より得た作柄等についての資料をも参考にして管内一率の所得標準率を、養鶏による所得については年間の生卵数を推定しそれに価格を乗じそれより飼料、飼育小屋の維持費等の必要経費を差引き計算した管内一率の所得標準率を、わら工品(薄莚)による所得については管内におけるわら工品(薄莚)製造の最も盛んな「旧相楽」地区において五軒乃至六軒につき調査した結果に基き作られた管内一率の所得標準率を各定めていること、但し当該作物による収入或は副業収入が右所得標準を適用した結果と甚だしく相違し右所得標準率を適用することが不相当であるような特別の事情があれば、該当者に限り課税の段階で実情に副うように増減をし課税負担の公平を期するよう取扱つていることが認められ、右認定のような所得標準率の作成方法は、前認定のような農家の現状からいつて、農業所得を推計する手段としては必ずしも相当でないとすることはできない。そこで前掲乙第二号証の一乃至四によつて認められる所得標準率を適用して原告の所得金額を計算するに、水稲につき原告の作付地の所属する「旧相楽A」地域に適用される所得標準率反当二一、七〇〇円によつてその所得金額は一三七、八六七円、麦及び普通畑につき原告の作付地の所属する「旧相楽」地域に適用される所得標準率麦反当四、五〇〇円、普通畑反当二一、〇〇〇円によつてその所得金額はそれぞれ二一、三七五円及び七、一四〇円、えんどうにつき所得標準率反当一三、〇〇〇円によつてその所得金額は三、九〇〇円、養鶏につき所得標準率一羽当り四五〇円によつてその所得金額は四、五〇〇円、薄莚(わら工品)については成立に争のない乙第一二号証、証人西沢繁太郎の証言によつて真正に成立したと認むべき乙第一三号証、証人西沢繁太郎の証言を綜合して認められる原告の販売価格一枚二九円(平均)に前認定の年間製造量一、八〇〇枚以上を乗じた数に更に所得標準率たる利益率六五パーセントを乗じて得たその所得金額は三三、九三〇円以上ということになり、右各所得金額を合算すると原告の昭和三〇年度分所得総額は二〇八、七一二円以上となる。そして原告において、右各所得標準率を適用することが原告の場合特に酷になるような特段の事情があるとは主張も立証もしないのであるから、原告の同年度分所得金額は二〇八、七一二円以上であると推定することができ、右推定を覆えすに足る証拠はない。してみると、右所得金額は本件更正による所得金額をうわまわるものであるから、原告の、本件更正処分による所得金額が原告の申告した所得金額一八三、二九〇円を超え所得金額の認定を誤つた違法があるとの主張は理由がない。
原告は更に、原告と長男茂之とは生計を一にしていないから、これが生計を一にしているとしてなされた本件更正処分は扶養控除につき扶養親族の順位の認定を誤り、その結果扶養控除額の認定を誤つた違法があると主張するので、この点について検討を加える。原告がその二女好子及び三男武司を第一、第二順位の扶養親族として確定申告したこと、右好子及び武司がともに扶養親族としての要件を満していること、及び原告の長男茂之が給与所得者であること、並に右茂之が昭和三〇年度において妻清子、祖母(原告の母)満す、母(原告の妻)志めの三名を自己の扶養親族としてその所得から第一、第二、第三順位で控除(扶養控除)されていることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争なく、成立に争のない乙第五号証、各成立及び原本の存在につき争のない乙第六号証の一、二、証人三浦清治の証言並に弁論の全趣旨を綜合すると、昭和三〇年以前より原告、満す、志め、好子、武司、茂之、清子の七名は同一屋敷内に存在する母屋及び離屋に起居し、完全農家として原告名義で家族全員七名の保有米を得ており、公の立場においては原告はその世帯主として行動し、茂之の妻清子においては農家の長男の嫁として農耕並に薄莚製造に従事し、全員いわゆる同じ釜の飯を喰い、有無相通じて日常生活の資を共通にしていたことを推認することができるのであつて、原告主張のように原告とその長男茂之とは生計を一にしていないとは到底考えられない。これに反する証人中岡志め、同中岡茂之の各証言、原告中岡寅治本人尋問の結果は採用しない。してみると、昭和三〇年度において原告の母満す、原告の妻志め、茂之の妻清子が茂之の扶養親族としてその所得から第一、第二、第三順位で控除(扶養控除)されている以上、当時の所得税法第八条第一項後段但書の規定により原告の扶養親族たる二女好子、三男武司については第四、第五順位で原告の所得から控除(扶養控除)されることになり、その扶養控除額は合計三〇、〇〇〇円である。この点に関する原告の主張も理由がない。
よつて原告の総所得金額を一九九、七〇〇円と認定更正し、右総所得金額から概算所得控除五、〇〇〇円、扶養控除(二人)三〇、〇〇〇円及び基礎控除七五、〇〇〇円を差引いた課税所得金額八九、七〇〇円に基き算出した所得税額一七、二五〇円から更に老年者控除五、〇〇〇円を差引き原告の所得税額を金一二、二五〇円と算出し、原告の申告所得税額二、三五〇円との増差額九、九〇〇円につき増加所得税額として更正した本件更正処分に何ら違法の点はないから、これが違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 増田幸次郎 奥田英一 川口公隆)